東京地方裁判所 平成7年(ワ)23676号 判決 1997年1月28日
主文
一 甲事件被告(乙事件原告)乙山春夫は甲事件原告(乙事件被告)に対し、金九四〇万円及びこれに対する平成七年一二月二〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 甲事件被告株式会社ユニハウスは、甲事件原告(乙事件被告)に対し、金四〇万円及びこれに対する平成七年一二月二〇日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。
三 乙事件原告(甲事件被告)乙山春夫の乙事件被告(甲事件原告)に対する請求を棄却する。
四 訴訟費用は、甲事件及び乙事件を通じこれを二〇分し、その一を甲事件被告株式会社ユニハウスの負担とし、その余を甲事件被告(乙事件原告)乙山春夫の負担とする。
五 この判決は第三項を除き仮に執行することができる。
理由
【事実及び理由】
一 請求
1 甲事件原告(乙事件被告、以下「原告」という。)の請求
主文一、二項と同旨。
2 乙事件原告(甲事件被告)乙山春夫(以下「被告乙山」という。)の請求
原告は被告乙山に対し、金三四〇万円及びこれに対する平成八年一月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 事案の概要
本件は原告と被告乙山との間で土地建物の売買契約を締結したところ、原告は被告乙山に対し、本件建物は、棟割式の連棟の建物として建築されている建物の一区画であり、右連棟が一個の建物として建築確認を得ているため、本件建物を一個の建物として建て替える際には、建築敷地を分割する必要があったところ、この場合には中野区の宅地の細分化防止に関する指導要綱により、建築確認を申請する前提として中野区長に対し右建築敷地の分割のための事前協議を求めなければならないから、このような指導要綱の説明をしなかった点において説明義務違反があったこと、本件建物を建て替える際には隣接する家屋の所有者の同意が必要であるのに虚偽の説明をしたこと、その他境界標の明示をしなかったこと等の債務不履行があったとして本件売買契約を解除し、手付金三〇〇万円の返還、債務不履行による損害賠償として六四〇万円の請求をし、甲事件被告株式会社ユニハウス(以下「被告ユニハウス」という。)に対しては仲介契約違反として支払済みの仲介手数料相当額である四〇万円の支払を求め(甲事件)、これに対し、被告乙山が原告に対し、原告の債務不履行を理由に違約金残金三四〇万円の支払を求めた(乙事件)事案である。
三 争いのない事実等
1 被告乙山と原告は、平成七年六月二九日、別紙物件目録一、(一)、(二)記載の土地(以下「本件土地」という。)及び同目録(三)記載の建物(以下「本件建物」という。)に関し、次の条件で売買契約を締結した(以下「本件売買契約」という。)
(一) 売買代金 三二〇〇万円
(二) 支払方法 手付金 契約時三〇〇万円
残代金 平成七年七月三一日限り残金全額
(三) 境界の明示 売主は残代金支払日までに買主に対し、境界を明示する地形図を交付する。
(四) 抵当権等抹消 名目かつ形式の如何を問わず買主の完全なる所有権の行使を阻害する一切の負担を除去しなければならない。
(五) 瑕疵担保責任 売主は本件契約締結時にその瑕疵を知らなくてもその責任を負わなければならない。
(六) 契約違反による解除
(1) 売主または買主のいずれかが本件契約に基づく義務の履行をしないときは、その相手方は不履行をしたものに対し、本件契約を解除し違約金として売買代金の二〇パーセント相当額を請求することができる。
(2) 売主が違約したときは売主は買主に受領済みの金員に違約金相当額を付加して支払わなければならない。
2 原告は被告乙山に対し、平成七年六月二九日、手付金として三〇〇万円を支払った。
3 原告は被告ユニハウスに対し、平成七年七月五日に仲介手数料八〇万六〇〇〇円の内金四〇万円を支払った。
4 本件建物は、もともと本件建物の敷地である本件土地(別紙図面<A>部分)と、これに隣接する中野区《中略》三一番九の土地(同図面<B>部分)と<B>部分の隣の同所三一番一〇(同図面<C>部分)の土地及びこれら<A><B><C>の土地に隣接する同所三一番一四(同図面<G>部分)の土地の半分を合わせた土地から、建築基準法上の道路後退部分を除外した範囲をもって、これを一つの敷地として、本件建物及び家屋番号三一番九、同三一番一〇の建物の三個の独立した区画をもった、いわゆる棟割り式の連棟の一個の建物(以下「本件連棟建物」という。)として建築されている建物の一区画である。右連棟は一個の建物として建築確認申請がなされ、昭和五七年四月二三日第七〇〇二五号として建築確認済みであり、その専有面積は一二四・六三平方メートル、建築面積は七三・八八平方メートル、一階床面積は七二・二六平方メートル、二階床面積は六九・四七平方メートルとして建築されたものである。
5 中野区の宅地細分化防止に関する指導要綱(以下「本件指導要綱」という。)によれば、本件土地の属する用途地域(建ぺい率六〇パーセントの区域)では宅地分割計画による敷地の面積が六〇平方メートル以上あれば事前協議の対象にはならない。
6 本件土地から道路後退部分を除いた面積はおよそ三四・四平方メートルである。
7 被告乙山は被告ユニハウスに対し、本件売買契約の成約に向けての交渉一切を委任した。
8 原告は、平成七年八月一二日到達の書面をもって、被告乙山に対し、本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。
四 争点
1 被告乙山らの本件指導要綱に関する説明義務違反の有無
(原告の主張)
(一) 原告は本件売買に関し、被告乙山から委任を受けた被告ユニハウス担当者に対し、本件建物の建て替えができるか否かを確認したところ、同担当者は建て替えについては問題がない旨説明し、被告乙山も右説明に同意した。
(二) ところが、本件建物は、前記三4のとおり、棟割式の連棟の一個の建物として建築されている建物の一区画であるところ、独立した一個の建物として建て替えようとすると、前記建物敷地を分割することになるので、中野区の宅地の細分化に関する指導要綱により、建築確認を申請する前提として中野区長に対して右建築敷地の分割のための事前協議を求めなければならないことになっている。
(三) 本件土地から道路部分を除いた面積は、およそ三四・四平方メートルしかないので、本件指導要綱により敷地の分割の事前協議が必要となり、したがって、本件建物を取り壊して本件土地上に新たな建物を建築することは本件指導要綱に従う限り著しく困難となる。
(四) ところが、被告乙山及び被告ユニハウスの重要事項説明書によれば、本件土地が三四番七の道路部分(別紙図面<H>部分)に接しているので建て替えができるとされており、被告らは右事実を十分知悉していたにも拘わらず、右指導要綱の説明等一切秘匿し、本件売買契約の重要な事項について何らの説明もせず、契約締結に至らしめたものである。もし、原告が被告らから右指導要綱の説明を事前に受けていれば、原告は売買契約を締結しなかったのであるから、本件売買につき被告らに債務不履行があると言わざるを得ない。
(五) よって、原告は被告乙山に対し、本件売買契約の解除に基づく原状回復として手付金三〇〇万円の返還及び債務不履行による損害賠償として約定に基づく六四〇万円の支払いを求め、被告ユニハウスに対しては、仲介契約の債務不履行に基づく損害賠償として仲介手数料相当額である四〇万円の支払いをそれぞれ求める。
(被告乙山の主張)
被告乙山には、本件指導要綱についての説明義務違反はない。本件敷地は三八・三五平方メートルの一個の独立した敷地であり、そもそも細分化する必要はないから中野区長に対して敷地分割のための事前協議を求める必要はなく、説明義務はない。また、事前協議の必要なく建築確認がおりることは関係庁から確認を得ている。さらに、平成七年九月五日付けで本件建物の建替えについて建築確認がおりている。
2 被告乙山のその他の説明義務違反の有無
(原告の主張)
(一) 本件連棟建物は、初めから一棟の建物として建てられているのであるから、本件建物を取り壊し、建て替える場合は、隣接する家屋の壁を毀さなければならず、隣接建物所有者の同意がなければこれをなし得ないのは明かである。
本件建物は、本来全体が一棟の建物であり、区分所有の対象となる建物であるが、登記実務上、各区画が個別の建物として登記できる取扱になっていたものである。したがって、本来であれば一区分のみ取り壊して建て替えをすることは他の所有者の同意なくして行えるものではないのに、被告乙山及び同ユニハウスは、他の所有者の同意なく隣家の接続部分の壁を毀して、本件土地のみで自由に建て替えができる旨、原告に対し虚偽の説明をした。
(二) また、被告乙山らは建て替え後の建物が契約時の建物より面積が減少するにも拘わらず、この点を全く説明していない。すなわち、中野区《中略》三一番七の土地の面積は三八・三五平方メートルであるが、本件建物敷地の接する前面の道路は建築基準法四二条二項による道路であるため、その中心線より二メートル後退したところを道路との境界線と見做すため、残りの面積はおよそ三四・四平方メートル程度しかなく、これに建ぺい率六〇パーセントを乗ずると二〇・六四平方メートルとなるので現在の建物のおよそ一四パーセント小さい建物面積を有する建物しか建てられなくなるのにこの点についての説明が一切なされていない。
(被告乙山らの主張)
(一) 本件建物は、登記上からも明らかなように、隣家とは別個独立した柱及び屋根を有しており、独立した一個の建物であり、区分所有の対象となる建物ではないから、法的意味で他の所有者の同意が必要とされてはいない。
(二) 被告ユニハウスは、重要事項説明の際に建ぺい率に関する説明を行っており、かつ、本件建物単独での建て替えの場合には建物の規模が原状より若干小さくなることの説明を行っている。
3 その他の被告らの義務違反、信義則違反
(原告の主張)
境界標については、本件売買契約において明示することになっていたところ、被告乙山は、三点につき境界確認書を交付してきたが、他の一点については最後まで交付されていない。
さらに、前記三点のうち、一点(別紙図面<ア>部分)は境界を示す石標が入っていないので、これを明らかにしないままうやむやにしている。
(被告乙山の主張)
本件売買契約においては、境界を示す地形図を交付すべき義務があるにすぎず、被告乙山は右地形図を原告に既に交付している。地形図及び確認承諾書により本件土地の境界は明示されており、四点の境界標の位置も確認できている。
4 被告乙山の原告に対する違約金請求権の存否(平成七年(ワ)第二四三九〇号)
(被告乙山の主張)
(一) 被告乙山は本件売買契約に基づき、原告から手付金三〇〇万円を受領し、残金二九〇〇万円は平成七年七月三一日、本件土地建物の引渡し及び所有権移転登記の申請手続と同時に支払う旨定めた。
(二) 被告乙山は、平成七年八月二一日ころ到達の内容証明郵便をもって、本件土地建物の引渡し及び所有権移転登記手続の準備を整えているので、右内容証明郵便到達後三日以内に残額を支払うよう催告したが、原告は右期限までに支払わなかったので、本件売買契約を解除した。
(三) 本件売買契約には、債務不履行の場合、その相手方は、不履行したものに対して催告の上解除し、違約金として売買代金の二〇パーセント相当額を請求できる旨の約定がある。したがって、被告乙山は原告に対し、違約金として売買代金三二〇〇万円の二〇パーセント相当額である六四〇万円の請求権を有している。
(四) よって、被告乙山は原告に対し、右違約金六四〇万円から受領済みの三〇〇万円を控除した残額三四〇万円及びこれに対する平成八年一月一一日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
五 判断
(一) 前記争いのない事実及び《証拠略》によれば、次の事実が認められる。
(1) 原告は、夫との離婚後、財産分与を得たことから、東京に在住する娘と同居するため一戸建を購入することとした。そして、平成七年六月二四日、被告ユニハウスの担当者である清水の案内を受けて本件建物を見聞したところ、外見上一個の建物に見えたが、裏の方で一部隣家と壁で接続していたため、原告が梶山に対し、近い将来建て替えるかも知れないが、その場合には大丈夫か、と尋ねたところ、清水は即座に隣家との間には別々の柱が入っているので、建て替えの時には切り離して一戸建の建物が簡単に建つ旨答えた。また、同ユニハウスの担当者である梶山も同社の事務所内で同様に回答した。
そこで、原告は同月二九日、手付金三〇〇万円を持参して被告ユニハウスを訪れ、同社の担当者である多田から重要事項の説明を受けたが、その際、多田も原告だけで自由に建て替えができる旨答えた。
原告は、同年七月三一日、被告乙山に対し、売買代金二九〇〇万円を支払うこととなっていたが、本件建物の前面私道の中心線から二メートルのセットバックが必要であったところ、中心線が見あたらないので、同日、中野区の道路課に事情を説明したところ、右私道には中心線がないとの回答を得た。そこで、原告は被告らに対し、残金の支払いを拒絶し、弁護士に相談するとともに翌日東京都へ相談に行った。原告は東京都住宅局不動産業指導部指導課に行き、私道の問題を尋ねたところ、そもそも本件土地において建物の建て替えができるかどうかが重要な問題であるから中野区へ行って詳しく調べるよう言われたため、再度、中野区の指導課へ行って図面等を見せて建物を建て替えることができるかどうか尋ねたところ、同課の担当者は、中野区の本件指導要綱のパンフレットを渡して、本件土地は敷地の面積が六〇平方メートル以上ないので、指導要綱に違反し、事前協議が整わないことが明かであるので、建築確認を得ることができない旨言われた。
その後、原告代理人が中野区役所の建築指導課担当者に問い質したところ、本件建物を建て替える場合には本件指導要綱の基準に該当する旨の回答を得た。
一方、本件建物を含む棟割式の本件連棟建物は、昭和五七年四月二三日付けの建築確認申請においては、別紙略図Aのとおり、一つの敷地に一つの建物として申請しているところ、建築基準法四三条により建築物の敷地は道路に二メートル以上接していなければならないため、これを三つの独立した建物として建築確認申請をするためには、別紙略図Bのような案が想定できるが、この案では建築物の設計に多くの困難が生ずること、また、昭和五七年当時においても、敷地を別紙略図Bのように分割する場合には、中野区の本件指導要綱に該当するため、本件建物を含む敷地は約一二四平方メートル程度の建物敷地しかなくなるので、三区画にすると右指導要綱の基準を満たさなくなる。したがって、本件建物を含む一つの敷地に三区画の建物を建築するためには、現行建物のような連棟式の一棟の建物として建築するほかないことになる。なお、本件においては、右三区画の建物が登記手続上別個の建物として取り扱われているため、それぞれの建物ごとに別個の登記がなされているが、一部連棟式の建物であることに変わりはなく、建て替える際には、接続部分を切り離す必要がある。このような方式の建物を建てた理由は、中野区の本件指導要綱の基準を回避することにあった。
なお、本件指導要綱は事実上のものであるが、指導課から行政指導が行われること、また、これに従わない場合には、銀行の融資を受けられないおそれや建築確認に際し事実上困難が伴うことが認められる。
(2) これに対し、被告らは本件については中野区の指導要綱には該当せず、容易に建て替えができる旨主張し、《証拠略》には右主張に沿う記載部分ないし供述部分があるが、前記認定に照らして採用しない。
また、被告らは乙第二号証をもって、本件建物について建築確認を得た旨主張する。しかしながら、《証拠略》によれば、右建築確認申請は、訴外丙川松夫が中野区役所の建築課に本件行政指導を受けることなく、自らの所有地であるとしていわば強引に建築確認を得たものと認められるから、結果的に建築確認を受けたとしても、前記(一)の認定を妨げない。
(3) さらに、前記争いのない事実及び《証拠略》によれば、本件建物は一部連棟式で隣家と一部接続しているため、建て替えの際には、隣家との接続部分を切断したうえ、隣家の浴室の内壁がむき出しとなるため、新たに外壁を作る必要があることが認められる。これらのことを考慮すると、本件建物が建て替えを予定されていたとしても、接続部分の切断については隣家の所有者の同意が必要であることはいうまでもないことである。しかしながら、被告乙山及び同ユニハウスの担当者は建て替えに際し、このような同意が必要であることを原告に説明した形跡はない。
これに対し、被告らは右同意を得ることは不要であり、また、事実上容易にその同意が得られる旨主張し、乙第三号証の一ないし三を援用する。しかしながら、前記認定に照らして、右書証のみでは同意が不要であるとまではいえない。
(二) 被告乙山の説明義務違反を理由とする契約解除について
前記(一)(1)に認定のとおり、原告は本件建物を近い将来建て替える目的を有していたのであるから、本件指導要綱の存在は原告が本件売買契約を締結するについて重大なかかわりをもつことがらであったというべきであり、これに対し、被告乙山及びその委任を受けた被告ユニハウスとしては、本件指導要綱の存在を熟知しており、本件売買契約締結に際し、原告にその存在を説明することは極めて容易であったと認められる。ところが、被告乙山及び同ユニハウスは原告に対し、右指導要綱の存在を全く説明せず、なおかつ、本件建物の建て替えに際し、隣家の同意が容易に得られるから建て替えは自由にできる旨説明していたものであるから、右の点において説明義務違反であったことは明かである。
なお、被告乙山は不動産売買については素人であるから、説明義務はない旨主張するが、被告ユニハウスに本件売買の成約に向けて委任している以上、同被告は被告乙山の履行補助者であるから、被告ユニハウスの不履行の責めは被告乙山も負うこととなる。
(三) 右説明義務は、売買契約における信義則から導かれる契約上の附随義務の一種と考えられるところ、被告乙山は、右契約上の義務を履行しなかったものであるから、原告は被告乙山に対し、右不履行を理由として契約の解除をすることができる。原告が、平成七年八月一〇日、被告乙山に対し、本件売買契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。
(四) 以上によれば、原告の被告乙山に対する本件売買契約解除に基づく原状回復として手付金三〇〇万円の返還及び説明義務違反による損害賠償として約定に基づく六四〇万円の支払請求並びに被告ユニハウスに対する仲介契約違反による支払済みの仲介手数料四〇万円の仲介手数料相当額の損害賠償請求は理由があり、被告乙山の原告に対する違約金請求は理由がない。
(裁判官 玉越義雄)